夜のBAR OBIA。
カウンターには、ひとりのお客さん。
酒棚を眺めながら、次に何を飲もうか考えているようです。
私はその向かいで、洗い終えたグラスを拭いていました。
「マスター、ハイボールお願いします」
「ウイスキーは?」
「今日はホワイトホースで」
「かしこまりました」
酒棚からホワイトホースを取り出します。
グラスいっぱいに氷を入れて、ウイスキーを注ぐ。軽く混ぜてグラスを冷やしたら、炭酸をゆっくり注ぎます。
「お待たせしました」
お客さんは一口飲むと、満足そうにグラスを置きました。
少しして、ふと思い出したように口を開きます。
「そういえばマスター。ハイボールって、いつからあるんです?」
私はグラスを拭く手を止めました。
「ずいぶん昔からありますよ」
「昔って?」
「少なくとも130年くらい前には」
「……130年?」
お客さんが顔を上げました。
「130年前って、明治じゃないですか」
私はグラスを置いて、微笑みました。
「1895年ですから、日本なら明治28年ですね。この年に出版されたカクテルの本に、もうハイボールのレシピが載っています」
「そんな昔から……。作り方も同じなんです?」
「よく似ていますよ。氷を入れたグラスにセルツァー、つまり炭酸水を注いで、ブランデーかウイスキーを加える」
「ブランデーでもいいんだ」
「そうなんです」
お客さんは少し考えてから、もう一口飲みました。
「じゃあ、日本で流行ったのは最近?」
「それも、かなり昔です」
「また?」
私は後ろの酒棚から一本抜いて、カウンターに置きました。
「これ、知ってますよね」
「トリスじゃないですか」
「1950年代にはトリスバーが全国に広がって、これをソーダで割ったハイボールが人気になったんです」
「へえ」お客さんは少し目を丸くしました。「日本でも一回流行ってるんだ」
「大阪では『トリハイ』、東京では『Tハイ』なんて呼ばれていたそうですよ」
「Tハイ……」
「今は聞きませんね」
「……じゃあ、やっぱり不思議だな」
「何がです?」
「そんな昔からあるのに、なんで最近の飲み物みたいに感じるんだろう。ウイスキーって、昔は水割りのイメージだったんですけど」
「そこは、あながち間違いでもないんですよ」
私はトリスを棚へ戻しました。
「2008年ごろから、サントリーが角瓶を使ったハイボールを積極的に売り出したんです。飲食店に作り方を広めたり、CMを展開したり。2009年には缶の角ハイボールも出ています」
「ああ、角ハイボール!」
今度はすぐに反応が返ってきました。
「それなら覚えてます」
「でしょう?」
「じゃあ僕が覚えてるのは、ハイボールが生まれたときじゃなくて……また流行ったとき?」
「そういうことです」
お客さんは残っていたハイボールを飲み干しました。
私は、空になったグラスを受け取ります。
「もう一杯、同じので?」
「お願いします」
新しいグラスに氷を入れると、カランと音がしました。
「そういえばマスター」
「はい?」
「なんでハイボールっていうんです?」
「名前の由来ですか?それにも、いくつか説がありますよ」
「聞きたいなあ」
「では、二杯目を作りながら話しましょうか」
私は酒棚から、もう一度ホワイトホースを取り出しました。
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🍸今夜カウンターに登場したお酒
■ホワイトホース
■トリス





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